・ ベリー公の時祷書 途中経過と、  画中の婚約者2人のモデルは?

ベリー公の時祷書のカレンダー4月の模写、少し進んでいますので、
見てやって下さい。

ベリー公のいとも豪華なる時祷書  4月  模写 48.5x30,5cm
Très Riches Heures du Duc de Berry

1-sDSC02084_GF_1.jpg

先回見て頂いた時から、とにかく全体に描きこみ、今はまだそれぞれ人物の顔は
ほぼ下描きのままですが、衣装などはかなり塗り込み、
背景の城、草原、池、囲われた庭園などなど、一応色が何とかついた所で、
これから漸くに詰めて行ける、という所に辿り着きました。 やれやれ。


昔初めてこの絵を見た時は、なんと素敵で、美しく柔らかい緑、という印象が
第一にあって、その記憶が消えずのまま今回模写を始めたのでしたが、
描き始めて見ると、なんとその印象と違う緑でしょうか?!

ちっとも明るい、柔らかい緑ではなく、ははは、逆に全面の主人公の顔を印象付ける、
かなり濃い目の緑である事に気が付きました。
背後の城の手前、湖の周囲の緑もかなり渋い緑ですし、それが前面に来るに従い、
明るい柔らかい緑になっているのですね。

そんなこんなも自分で描いてみて気が付く事で、それも良いなぁ、というのが、
模写をしての感想でしょうか。


そしてご覧の様に前面の人物が(衣装だけでも、へへ)しっかりしてくると、
上部の暦部分が頼りなく見え、これは実際にもっと濃いブルーでして、
多分高価なラピスラズリの上等品を使っていると思われるブルー、がまだでして、

これからこちらも手を入れて行きます。
という様な所です。


*****

今日の第2部   画中の婚約者2人のモデルは?
  
このカレンダーは4月で、如何にも春らしく、素晴らしい緑の庭園の中で、
婚約者が指輪を交わす場面とされています。

戴いた本の説明によると、ベリー公の孫娘のボンヌ・ダルマナック・Bonne d'Armagnac
と、シャルル・ドルレアン公・Charles d'Orléansとの事で、
この2人の王族は、1410年の春に婚約を行った、という記録があるのだそう。

と共に、別の説によるとマリー・ド・ベリー(時祷書を作らせたベリー公の娘)と、
ジャン・ド・クレルモンであると言うのだそうですが、この2人の婚約は1400年で、

この絵の制作は1410年頃と見られるので、10年ほども前の婚約式を描かせるか、
という疑問もあるのだそうで・・。



描きながら、中心の4人の人物のアップの写真を見ていると、

2-4-3-apire - Copia.jpg

右端の女性は如何にも初々しく、嫋やかで、小さな胸をし、はは、
一方左の男性は、如何にも逞しそうで、首の後ろというか、後頭部にくっきりと
皺というか膨らみが見えますね。 
Shinkaiはてっきりこれは男性がかなりの年配者と思って眺めたほどで。


逆に、マリー・ド・ベリー・Marie de Berryは1367年生まれなので、
1400年の婚約結婚の時は33歳、おまけに3度目の結婚式という事になり、
夫になったジャン・ド・クレルモン、またはブルボン公ジャン1世・Jean I e Bourbon
は1381年生まれ、1400年の式の時は19歳で、しかも初婚、14歳の年上女房!!

いやぁ、幾ら政略結婚とはいえ、おまけにこの2人の結婚は結構うまく行き、
3人も子供が生まれてはいるのですが、

上の絵の様に、如何にも楚々とした嫋やかな女性と、14歳年下の男性とは思えず!!


Shinkaiはベリー公の孫娘のボンヌ・ダルマナック、1393年生まれ、1410年当時17歳、
シャルル・ドルレアン公、1394年生まれ、当時16歳、の説を取りたいですねぇ。

はぁ、花婿が絵の中ではもっと年上に見えますけどね、彼女より1歳年下ですけど
でも彼は再婚なんですね。
それも12歳の時に、17歳のイザベラ・Isabelle de Valoisと結婚、
妻が1409年に女子を出産の後死亡という事で、再婚なんです。

ですからまぁ、年以上の落ち着きがあった男性、として描かれたのかも、と納得です。


なんぞとまぁ、今回は調べながら何度も何度も確かめ読み直し、100年戦争当時の
ややこしい人物関係、名前に・・! ああ、やれやれでしたぁ。

と美しい婚約式の後に1410年8月、ボンヌ・ダルマナックと、シャルル・ドルレアン公
は結婚し、2人の間に子は生まれぬまま、イギリスとの戦争で、1415年彼は捕虜に。

そして長い捕虜生活で、当時のイギリスーフランス間交渉が難航、それに身代金が
莫大で、何せ王族ですけんね、漸くに1440年9月にフランスに帰国する前、
1430~35年の間に妻ボンヌは死亡。

帰国の後、彼は3度目の結婚をし、3人の子が生まれ、その内の1人の男子が
後のフランス王ルイ12世なんだそう。


まさに美しい夢の様な優雅な婚約式の絵なのですが、その登場人物の身の上は
複雑で、その人生はかなり大変でもあったわけで・・。


所で、シャルル・ドルレアン公は詩人としても大変有名なんだそうですが、
長い捕虜生活の内に詠んだ「獄屋の歌」というのもあるそうで、

そんなこんなから、このブログの記事に出会いましたので、ご案内を。
https://blogs.yahoo.co.jp/fminorop34/1645625.html
彼の美しい詩をどうぞ!

世の中には、本当に詳しい方がいるものだ、という感想を持ちましたです。

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