・ メディチ家礼拝堂・フィレンツェ ミケランジェロの秘密の部屋公開

9月末26日頃、一斉にフィレンツェのメディチ家礼拝堂、
秘密の部屋の公開、のニュースが流れました。

1-md11_GF.jpg



「秘密の部屋」というのは、既に公然の秘密でもあったのですが、

ミケランジェロが1530年6月から10月にかけての3月程を
隠れていた地下室が整備され一般公開されるのに伴い、
11月15日から3月30日迄の予約を受け付ける、というもの。

2-img_0565_GF.jpg



フィレンツェのメディチ家礼拝堂はご存じですね。
一番上の写真の、丸い八角形の丸屋根がそれで、

一連の建物でもあるサン・ロレンツォ聖堂とは入り口が別に
なっていて、

この地図の黄色に記された「新聖具室・Sagrestia Nuova」
の地下に位置するのだそうで。

3-220_l_GF.jpg


メディチ家礼拝堂の「新聖具室」というのは、ミケランジェロの
彫刻の傑作とされる、向かい合う墓碑像で有名ですが、

4-md02_GF.jpg


この地下室に反メディチ派共和国支持のミケランジェロはほぼ
3カ月間、メディチ家出身の教皇クレメンテ7世の怒りから逃れる為に、
まさにメディチ家の礼拝堂の地下の隠れ家に潜んでおり、

そこで彼にとって一番精神的に良い、多分持ち込んだデッサン帖や、
壁に様々なアイディアを込めてのドローイングをして過ごしたのですね。



新聖具室の地下に位置する隠れ家には、こんな狭い急な階段を
12段下って連絡し、

5-miki05-300x169_GF.jpg



長さは10,5mX2,65mの幅、天井の高さは樽型で、平均2,5m。
内部には各辺70cmの正方形の窓が2つ、床はサン・ロレンツォ広場
の高さに比して31cm高いと。


6-disegni_michelangelo_stanza_segret_GF.jpg


ここに隠れたのは、当時サン・ロレンツォ聖堂の修道院長を務めていた
ジョヴァンニ・バッティスタ・フィジョヴァンニ・
Giovanni Battista Figiovanniの手引きによるもので、

彼自身が、ミケランジェロの命を救い、彼の財産も救った、と
記録に書き残しているそうで。

まさか誰もメディチ家の本拠に、共和国支持で働いたミケランジェロが
隠れているとは考えなかったでしょうし、上手く行ったのでした。

7-1-Michelangelo-11_GF.jpg

7-2-img_0547_GF.jpg


実はこの隠れ家が1975年11月に発見された、というのも、
当時新しい博物館の出口を造る為に後陣の下の狭い廊下の清掃
テストを依頼したのが始まりで、

8-img_20231031_101903_GF.jpg

この脚など、新聖具室のジュリアーノ像の脚ですねぇ。


1955年迄は木炭保管庫として使用されたいたものの、その後は
使用されず、箪笥で完全に覆われた落とし戸の下で何十年間も
忘れられ、家具や調度品が積み上げられていたのだそうで。

ここで依頼された修復家は、二重の漆喰の下に、木炭棒や赤色の
金属棒(サングイーニョ)で描かれた様々なサイズの、多くは重なって
描かれた一連の人物像を発見し、ミケランジェロの物であろうと即に。

11-san-matteo-edit_GF.jpg

9-Michelangelo-6_GF.jpg

10-img_20230927_093340_GF.jpg

このデッサンは、聖マッテオが「福音書」を書くのに集中しており、
背後の若者は、神から使わされた天使、マッテオを鼓舞し励ます、
という役割、と考えられるそうで。



メディチ家とミケランジェロの関係はかなり複雑というか、メディチ家に
より世に出るチャンスを得、仕事も得たミケランジェロでしたが、
メディチ家側から忘恩説も出る程に!共和制に入れ込んでおり、

フィレンツェからメディチ家が追放になった時期には、防御壁の建設に
携わったり、要塞監督を務めていたからなのですね。


12-michelangelo-stanze-segrete_GF.jpg

13_michelangelo_secret_room_GF.jpg

こちらは「ラオコーン」の顔と。


一時は命の危険も感じて逃げた彼でしたが、メディチ家がフィレンツェに
戻り復活すると、クレメンテ7世の怒りも、彼しか自分の望み通りに
サン・ロレンツォ礼拝堂の建設を仕遂げる者はいない、という想いで、
ミケランジェロが仕事をする限り、という条件のもとに許し、


とはいえ、スペインのカルロ5世の下に入ったメディチ家であり、
仕事条件は厳しくなり、病気になるほどで、

遂には数年後の1934年に伝を求めローマに、コジモ1世から良い誘いも
あったらしいのものの、結局決定的にフィレンツェを放棄したのでした。

14-img_0560_GF.jpg


で、今回の一般公開の条件は、
予約制で、1グループにつき最大4名迄、週当たり最大100名迄。

月曜 15時、16時半、18時    火曜、休み
水曜 9時、10時半、12時、13時半、15時、16時半、18時
木曜 9時、10時半、12時、13時半、15時
金曜 15時、16時半、18時
土曜 9時、10時半、12時、13時半、15時、16時半、18時

室内の滞在時間は最長15分、 博物館の警備員が同伴。
狭い急な階段がある為、体の不自由な方、10歳未満の子供はNO。

入場料金は、1人20エウロ (18歳未満無料、シニア2エウロ割引)
+必須予約料金 3エウロ +メディチ家礼拝堂入場券 10エウロ
(18歳未満無料)
つまり合計 30エウロ + 必須予約料金メディチ家礼拝堂分 5エウロ 
+ 割引チケット(2023年12月15日迄3エウロ割引)の必須予約料金
  3エウロ 

と書かれた儘を復唱していますが、何が何だか計算分からなくなったよぉ!
    
      
予約には、operalaboratori.com
または、 +39.055.294883 にどうぞ。


匿ってくれたフィジョヴァンニ院長に迷惑が掛からぬよう、隠れ家を後に
する前に二重に塗った漆喰の為に、木炭で描いた線が消えかかったり、
擦れたりもしている様子で、

見学するには、やはりミケランジェロの作品についての知識があるのが
好ましいだろう様子と、

一旦春3月末で区切り、それ迄の見学者の様子、作品防御の観点からも
研究が行われ、それ以降の見学に反映する様子です。

15-228-7ccd7ed0-4496-4ef7-b1e1-45c18fdf9bb7_GF.jpg


実は1975年に隠れ家と作品が発見されて以来、90年代に一度公開
されており、91年だったか、私めもグループでフィレンツェに行った時の事で、

たまたま私は一人で別の場所を見学に行った時に、
メディチ家礼拝堂を見学したグループが見れたそうで、その時の写真
「ラオコーンの顔」などをよく覚えております。

その後一度見学できるか、と尋ねましたがNoで、それ以来20年以上
が経ち、今度の公開ニュースに、そうかぁ、と感慨ひとしきりでした。

***

所でこの春、ミケランジェロの食事事情を記事にした事を思い出し。
ミケランジェロの買い物リスト 天才の食事はどの様な?
https://italiashinkai.seesaa.net/archives/20230329-1.html


*****

ブログご訪問、有難うございます!
見たよ! の応援クリックも宜しくお願い致しま~す!

     
     s2019誕生日 - Copia_01.JPG


*****
 
本家ブログには、 
東大寺 n.2  大仏殿(東大寺金堂)内部
をアップしています。  ご訪問、よろしくどうぞ!