・ ナルニの小路 途中経過と、  ボストンの、信じられない細い家の謂れ

ナルニの坂道の小路を描き込みましたので、見てやって下さい。

ナルニの小路  ウンブリア  41x32cm  6号

+DSC05098_01_GF_1.jpg

先回見て頂いた時は、まだアーチの内側の暗さ、左の壁に落ちる影の暗さ、
そして右の壁の暗さ、真ん中石段の暗さ、石段上の家の左の壁、と

全てまだ描きかけ途中で、塗り込みも暗くなっておらずだったのを、
とにかくせっせと塗り込み、

と、一番大きな手術は、はは、石段の上に続く左側の明るい黄色の壁と、
右側の古い壁が垂直になっていたのを、
左右ともに約5mm程づつ、上側を広げました。

この広げたのと、石段の影、左右の影を暗くしてきた事で、
少し絵が広くなったように見え、ああ、やれやれ!と頑張る気力が!!

ホントなんですよぉ!

とりわけ左右の壁に色が見えすぎ、左のピンクとか、右の黄色とか、
本人自身がいささかうんざりだったのですが、我が子ながら可愛くなく!
やっとやっと、うん、お母ちゃん、もう少し頑張るけん、と、ははは。


左側の薄黄色の壁は、修復されたモルタルの壁で、細かいブツブツを
描き込み、なんとか抵抗感ある壁にするつもりです。

と、まだ石段上の建物の奥に続く流れの壁を、どう描いたら良いのか
分からずにいますが、

左に曲がった壁は少し見えて来たので、頑張りま~~す。


*****

今日の第2部   ボストンの、信じられない細い家の謂れ

先回の「ピラミッド型の大金持ちの家」のサイトを見ていましたら、
あれこれ興味深い面白い家がたくさんあり、VIPの家もありましたが、はは、

今回は、アメリカ・ボストンの、やっと3,5mの細い家の、信じられない謂れ
L’incredibile storia della casa “sottile” di Boston, larga appena 3,5 metri


こちらです! ね、本当に細いでしょう?!

1-casa_delgada_00.jpg

何でこんな3,5mの家を建てた? 土地が不足だった? それとも資金不足?
うんにゃ、全然関係なし!

この「細い家」がボストンに生まれたのは、アメリカの南北戦争時に遡ります。

お金持ちの息子の1人が、自由と奴隷解放の為に戦うのに、北軍に入隊。
そして4年間戦争に従事し、誰ものの予見に反し生き残り、帰郷。

語り継がれた話によると、兄弟の片方が留守の間、もういっぽうは戦争から
遠く、快適に生きる事に決め、出かけた兄弟の片割れが戻る事など考えず、
2人の持ち物であった土地に4階建ての家を建てたのですね。

所がです、無事で戻って来た方の兄弟は、残っていた少しの土地を占拠し、
片方の家の入り口と窓を塞ぐ、細い家を建設したのですって!!

こうしてボストンでよく紹介される家が生まれ、
憤慨の家」とも紹介されるそう。

家の広さは、100平米ちょっとで、4階建てで、各階がそれぞれの働きを。

1階は、台所と食堂に。

2-casa_delgada_01.jpg


2階には、居間があり、

3-casa_delgada_03.jpg

4-casa_delgada_04.jpg



3階と4階には、バスと洗面所、そしてベッド・ルームが。

5-casa_delgada_02.jpg



1番広い所で、3,5m幅、 1番狭い場所は、やっと1,8mと。

6-casa_delgada_05.jpg



最後の写真は、多分屋上と。

7-casa_delgada_06.jpg


そしてこの狭さ、細さは家の値段にはまるで関係なく! ははは、
最近の売値は90万ドル、(800万エウロ)だったそうで。

可笑しいでしょう?! 細い家の謂れがね、「憤慨の家」ね、ははは。


*****

ブログご訪問、有難うございます!
見たよ! の応援クリックも宜しくお願い致しま~す!


    s2019誕生日 - Copia.jpg
  
*****
  
本家ブログには、
n.2 パゾリーニの塔・家 と ボーマルツォのピラミッド 
をアップしています。
ご訪問、よろしくどうぞ!


*****

コメントの書き込みについてのお願い。

ブログの記事下に、「コメントを書く」が出ていない時は、
上か右の、記事タイトルをクリックして頂けると
記事の一番下に「コメントを書く」が出ますので、よろしくお願いいたします。
非公開コメントをご希望の場合は、非公開で、と書いて頂くと、  
コメント承認制ですので、保留にし、お返事だけ公開しますので、
それもご了承下さいませ。