・ ピエンツァ 朝 描き始め と、ノルマンディー、サント・メール・エグリーズ村の

新しく描き始めている ピエンツァの朝 を見てやって下さい。

ピエンツァの朝   36,5x25cm  5P 大

+DSC02941_01_GF.jpg

トスカーナのオルチャの谷の中心となる小さな町。 朝方雨が降り、
宿の朝食を済ませて出かけると、朝の陽ざしが斜めに落ち、
面白い影を作って見せてくれました。

見える古い家は、何世紀だったかの、いわゆる昔の市営住宅で、
何度もあちこち荒っぽい修復を重ねた家で、
壁もいっぱい傷つき、小穴もたくさん、という様なのですが、

朝日の魔術の中のせいか、逆に面白く見えます。


今はまだ漸くに下図を描き、下色と墨を入れた上から、
最初の塗りをしている所で、

問題は影の色をどの位濃くしたら良いのだろうかなぁ、と思いつつ、
色鉛筆で色を入れています。

左側から、今ちょうど真ん中の扉辺りまで、壁の描き込みを少しづつ
しながら、様子を見つつ進んでいます。


壁の絵はもういいなぁ、と思いつつ、はは、
久し振りにあれこれ古いアルバムを探すと、俄然描きたくなり・・!

これも、朝日の魔術にかかったのかも! ですね。

楽しんで、頑張りま~す。


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今日の第2部   フランスはノルマンディーの、サント・メール・
         エグリーズ村の教会の屋根には・・


今回の本家ブログには、先日6月6日に80周年記念の式典が行われた、
フランスはノルマンディーの、連合軍の上陸記念日を、
オマハ・ビーチの激戦の模様などを書いたのでしたが、

あれこれ調べていて、映画「史上最大の作戦」の中のエピソード、

あの夜の強風と霧で、かなり違う位置に落とされた落下傘部隊の1人が、
村が火事となり、皆が駆り出されて消火に当たっている教会の屋根に落ち、
パラシュートが尖塔に引っ掛かり、降りれずのままに、というお話、

きっと覚えておられる方もおいでと思うのですが、
あの時の兵士の名前や、詳細が載ったサイトを見つけ、
可笑しく読んだので、皆様にも。


こちらが教会の写真で、見えますか、白いパラシュートと
そこから下がる兵士が。

normandia-sainte-mere-eglise_GF.jpg


こちらだと、今も下がる人形の様子がよく分かりますね。

john steele dday paratrooper church GF.jpg


この兵士は、1944年6月6日のDデイに、アメリカ陸軍第82空挺師団に
所属のジョン・スティール二等兵

彼は既にイタリア戦線でも戦った後のノルマンディ戦で、この夜は強風、
霧も深く、グライダーは兵士の落下地点を上手くつかめず、

かなり離れたサント・メール・エグリーズに降下したという訳。


地図をどうぞ。
こちらが、降下した小さな町と、その教会を示し、

06-08 190716_GF.jpg


こちらの地図が、ノルマンディーの上陸地点一帯を示し、

06-08 190941_GF.jpg

教会の位置が分かりますね。 で、その下に丸を付けた辺りが、
本当は降下する位置だった筈なのですね。

というのも、こちらの地図もどうぞ。
この地図が、当日のノルマンディ上陸地の一帯の地図で、

normandia-spiagge-dday-mappa_GF.jpg


地図の海岸線の出っ張り、凹み具合から見て、星条旗の見える
ユタ・Utahの後ろに、落下傘の印と、82th落下傘部隊、と
書かれたのが、ユタの上陸海岸の背後に降下する位置だった様子が、

予定よりもかなり北側に落ちた、という事になりますね。


で、午前1時半に連合軍の空襲により火災が発生し、空挺部隊が
降下を開始した頃には、町の人々が消火に動員され、教会近くの
広場は大変な数の消火の人々と、警戒するドイツ兵とで溢れており、

その中に空挺部隊の兵士達は降下していった訳で、
まさにドイツ兵に下から攻撃され、撃ち落された兵士も多く、

主人公のジョン・スティール二等兵は、足を撃たれ、おまけに教会の
屋根を滑り降りながら先頭にパラシュートが引っ掛かった、という、
この辺りはまさに映画の中に描かれた状況通りで!

彼はおまけにナイフを落とし、尖塔に引っ掛かったままで2時間!

死んだふりをしてやり過ごす気だったのが、ドイツ兵は一旦アメリカ兵が
引いた後、死んだアメリカ兵から情報を得ようとし、まだ生きている事に
気が付き、彼は捕虜に。

が、午前4時半に、アメリカ第3大隊がサント・メール・エグリーズを攻撃、
守備のドイツ兵を30人を捕虜に、残り11人は殺害、
つかまっていたジョン・スティールは救出されたのですね。

このサント・メリー・エグリーズの町は連合軍によって解放された初の町と
なり、翌7日に戦車とその他の部隊がノルマンディー海岸から進行した時
確定したのだと。

彼は怪我をしたものの生き残り、1964年連隊の同窓会の為に
町に戻った時、名誉市民となり、

Immagine 2024-06-08 202845.jpg

今度は「基礎」から教会と町を眺めるのが楽しみだ、と語ったそう。


残念ながら、彼は喉頭癌で1969年に亡くなったそうですが、

今も教会の尖塔には彼の人形が釣り下がっており、尖塔の窓には
落下傘塀に囲まれた聖母マリアのステンドグラスもあるのだそうで~す。


町の地図を見ていましたら、 教会から少し南に下がった位置に
D-Day Collins Museum と見え、クリックしてみると、

落下傘部隊に関係するかのような博物館の写真がいっぱいで、
楽しんで見て下さいね。


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