・ 納屋に放棄されていたヴァン・ダイクの下描きが、300万ドルで!

この話題の記事は今年1月30日付で、
放棄され鳥の糞で覆われた絵画を600$で購入、オークッションで販売し億万長者に。
Compra quadro abbandonato per 600 dollari e diventa milionario rivendendolo all'asta: «Era ricoperto di guano»

こういう煽情的タイトルの記事は余り好きではなく暫く放置でしたが、
載っていた絵の写真が素晴らしく、読んだのでした。

老人の痩せた体の表現が、既に出来ている、という様子で、
本作品前の、下描き、試しの油彩。 高さ約91,5cm。

1-1-image_GF.jpg

1-2-unnamed-7-3-733x1000_GF.jpg

この作品は2002年にニューヨーク州キンダーフック市の納屋で発見、
キャンバスの裏には鳥の糞が点在していたのを、

地元のコレクター、アルバート・B.ロバーツ・Albert B. Robertsが
オークッションで600ドルで購入したもの。


そして彼はそのまま手元に置き、肖像画の真贋を確認したのが
2019年。 

美術史家のスーザン・バーンズが「驚く程よく保存された」ヴァン・ダイクの
作品であると認証したのだそうで。

2-compra_quadro_diventa_milionario_GF.jpg


なぜこれほど長い間、真贋を確認するのを待ったのか、と尋ねられ、

「ヒエロニムスと天使」の絵によく似ているので、ヴァン・ダイクが描いた
可能性の高いオランダか、フランダースの絵だと既に思っていた、と
答えたそうで!


ヒエロニムスと天使」 1618-20年 ロッテルダム、オランダ
ボイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館 


3-Anthony_van_dick,_san_girolamo,_1618-20_ca_GF.jpg

 
ヒエロニムスのアイテムであるライオン君が、足の裏に刺さった棘を
抜いて貰ったのだそうで、この絵でも猫ちゃん式に眠っており、
背後から天使が、はい、これで書いて、と羽ペンを渡す所ですね。


つまりこの作品の習作として1615-1618年に、彼が助手として
ピーテル・パウル・ルーベンス(1577-1640)の下で働いて
いた時の、人物モデルを使っての2つの習作の内の1つで、
唯一残っている作品と。


顔に影が落ちる年配男性の、痩せた筋肉が巧に表現されており、

年を計算し、ヴァン・ダイク(1599-1641)がなんと16-18歳と
知り、いつもながら驚いたshinkai!で~す。


この「油彩スケッチ」の発見は、「印象的で重要な発見で、
若い頃の画家の描き方をより良く理解するのに役立つ」と、
真贋確認した美術史家スーザン・バーンズは話したそう。

     
ですが、ヴァン・ダイクの作品一覧を見たのですが、
その中には載っておらずで、それが私めには謎のまま残りました。


で、この認証の後作品は修復され、今年2023年1月26日に
サザビーズのオークッションに掛けられた訳ですが、

1月23日の別のサイト記事で、2-300万ドルと推定、とあり、
実際に310万ドルで落札されたそうで。


最初に絵を見て嘘の様な600ドルで購入したアルバート・B.ロバーツ氏
は2021年8月に、つまり絵の修復中に亡くなり、

多分、サザビーズの「マスターズ・ウィーク」イヴェントに、と
既に提供していたのだろうと思いますが、

収益の一部は、アーティストや慈善団体に財政支援を提供する
アルバート・B.ロバーツ財団に寄付されるのだそう。


彼は「自分にとってエキサイティングなのは、追跡で、それが誰で
あるかに満足したら、他の仕事に目を向ける」と語っており、

自分の目が信頼できたのを確認し、大いに満足された事でしょう。

我らにとっては、鳥の糞にまみれたまま朽ちるより、こうして世に
再度出て頂けることの方が嬉しく。


ニューヨーク州キンダーフック・Kinderhookについての説明で、
オランダに幾らか関係があるものの、という言葉に引かれ調べましたら、

最初のオランダ人入植者 の、「キンダーフック・子供のコーナー」
からの町の名で、

「キンダーフック」という名前は、ヘンリー ハドソンが現在のスタイベサント
周辺に上陸し、多くの子供を連れたネイティブ・アメリカンに
迎えられたことに由来、と。

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とあり、あれま、そういう意味だったのか、と逆に驚きましたが、

で、ヘンリー・ハドソンなる人は?と辿ると、(1565頃ー1611.6.23
行方不明・船員の反乱による様子)英国の海洋探検家、航海士、
現在のカナダと米国北東部の一部を探検した事で良く知られ、

1609年オランダ東インド会社に変わり北アメリカに上陸、
現在のニューヨーク大都市圏周辺地域を探検、という方で、


きっとそうした縁で、入植者たちに、遥か彼方の祖先の地の
画家の絵が求められ、辿り着いていたのかもで、

こういうのを「何かの因縁で」と表現するのでしょうね!!


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