・ マテーラの朝 途中経過と、 パルミジャニーノのデッサンと、錯乱について

マテーラの朝を描き進めていますので、見てやって下さい。

朝陽が届く  マテーラにて   33x24cm 4号

1-s+DSC02073_GF.jpg

先回見て頂いた時は、ほんの下描きの時でしたので、少し頑張ったのを見て頂ける、
とは思うのでありますが、ははは、

ここ迄描いてくると、だんだん絵の表情も見えて来る代わりに、気になる所も出て来て、
少し、・・・の所もあります。


というのも、籐椅子にちょっと光が当たって明るく見える、というのを表現するには、
当然その周囲が暗くないといけないわけで、

かと言って、影の色を濃く描こうとすると、紙の上の色鉛筆の表情がどうも気になる、
汚れて見えるのではないか、という恐れる気持ちもあります。


汚れに見えなくする、すっきり見える様にするには、それよりも一段濃い暗い色が
その周囲にあればOKなのですがぁぁ、

いま全体の調子を掴むために、どんどん描きこみ濃くしている最中でぇ、
少々濃い色を入れたと思っても、大して濃くは見えなくなり、
正直、我ながら、大丈夫かいな、という・・、へへ、気持ちがあります。

まぁ、やるしかないさと諦め、いや、踏ん切りをつけて、やってみますです、はい。


*****

今日の第2部  パルミジャニーノのデッサンと、錯乱について

パルマ出身の画家パルミジャニーノ・Parmigianino(1503-1540)については、
日本にも同時代、同じエミーリア・ロマーニャ出身の画家のコッレッジョ・Correggio
(1489-1534)との展覧会も行ったようなので、よくご存じの方も多いと思います。

マニエリズムの代表的な画家として評判ですが、私はどちらにも余り興味がなく、
今迄は単に眺めていただけでしたが、3年ほど前に出かけたパルマ近くの
フォンタネッラートの城で、パルミッジャーノの描いた壁画を見て、なんと凄い!と、
初めてちょっぴり、彼についてアンテナが立った、という訳でした。

で、今回本家ブログで「パルマですべき、見るべき10の事」というサイトのご紹介をしつつ、
その中にあった一行、「パルミッジャニーノの発狂前の最後の作品」というのに驚き、
えっ、彼が?! という事で、あれこれ検索を掛けて知った事、
また素晴らしいデッサンのあれこれも見つけましたので、ご覧に入れますね。


彼が錯乱した、というのは、パルマのサンタ・マリーア・デッラ・スタッカータ教会に
描いた内陣天井のフレスコ画の仕事について書いてある中にあった事で、
この仕事は1531-1539年の事で、
途中で教会側ともめて、たびたび避難した、という様な記述も読みました。

で、この内陣天井の仕事というのは、この素晴らしく大きな物で、

2-1-he_under-arch_above_the_main_altar_-_WGA17042.jpg



こちらがその細部で、これがフレスコ画とは到底思えないような仕事で、てっきり油彩と
思ったのでしたが、やはりフレスコ画に間違いない様で!

2-2-simmagine_large.jpg

何とも凄い表現力というか、ですが、この8年ほどの時をかけて仕上げた後、
1540年、彼はまだ37歳の若さで亡くなっているのですね。



デッサンもあれこれ見つけたので、どうぞ。 油彩作品の為の習作もあり、
版画を作って売ろうとしたらしく、その為の物、またプレゼントなどもあったらしく、
如何にも彼の素晴らしい画家の底力がこもっているように思えます。

3-Parmigianino,_studi_di_teste_e_topo_morto,_parma_gn.jpg

4-Parmigianino,_autoritratto_con_cagna_gravida.jpg

5-adorato-da-un-angelo-Musée-du-Louvre-Parigi.jpg

6-sianino_e_i_suoi_autoritratti.jpg

7-1513687116714282-parmigianino-disegno.jpg

8-1575-c.jpg

10-parmigianino.jpg



で、こちらは20歳位の時の彼の自画像で、凸鏡に映った、という形を取っていますが、
平面ではなく、凸状に裏側をくり抜いた木の表面に描いた物、というのも今回知りました。

11-41983-parmigianino.jpg

ジローラモ・フランチェスコ・マリーア・マッツォラ・Giloramo Francesco Maria Mazzola
という本名ですが、パルミジャニーノ・Parmigianinoという名で通り、
これはパルマ出身という事や、どうやら体格が小さかったのであろう、という事、
またこの自画像からも窺えるように、優しく繊細な美男タイプであったようで。


そして錯乱を起こし始めた、というステッカート教会の仕事の合間にも、その後にも
まだまだ素晴らしい作品が出来ており、
「アンテア」1535年  「長い首の聖女」1534年 「ルクレツィア」1540年
ピエール・マリーア・ロッシ3世の肖像」1535-1539年頃、
「カミッラ・ゴンザーガ」1538年などなど、
まるで筆力の衰えが見えない様な作品がたくさんあります。

ピエール・マリーア・ロッシの肖像画なども、ステッカート教会側とのいざこざで、
宮廷に避難していた時に描かれた、というのも読みましたので、
一挙に発狂した、というのではなく、時に錯乱状態を起こした、という事かと。

そういう彼の様子を記したジョルジョ・ヴァザーリの記述によると、
「繊細で優しく、髭を生やし、髪を伸ばし、手入れもせず、まるで野蛮人の様」と。



そしてこれがパルミジャニーノの自画像1540年作といわれるもので、

12-Parmigianino_Selfportrait_1540.jpg

幾ら衰えたりといえど、あれほどの筆力を持った彼の自画像とは到底思えず、

ヴァザーリの記述によると、「画家は払いきれない程の負債を抱え、借金取りに追われ」
「錬金術を勉強し始め、水銀を固体化し早く金を儲けなければと、絵を描くすべてを
放棄し」
「健康状態が非常に悪化し、鬱状態になり、変で、高熱を出し、(出血、下痢)の
発作が激しく、数日のうちにあの世に旅立った」と。

日本版ウィキには「赤痢」とあり、イタリア版ウィキには「多分マラリアで」とあり、
暑い8月に亡くなっていますので、体力が落ちていた所を、という状態でしたろう。



shinkaiが、これは本人の描いた自画像でないと思った絵は、何人もの鑑定家達が
自筆であるとしたそうですが、1人、ミケランジェロ・アンセルミ・
Michelanngelo Anselmi(1492-1556)であるとした説があり、

330px-Anselmi-Christ_and_Woman_of_Samaria.jpg


最近はミケランジェロ・アンセルミであるという説が強くなっているそうで、
これは描くスタイルからの研究によるもの、という事の様です。

またアンセルミは同年代で、パルマ一帯で仕事をし、亡くなっていますから、
晩年のパルミジャニーノを見ていたかも、知っていたかもで、

彼の絵を見る限り、彼の絵にはパルミジャニーノの筆力の鋭さがない事も見えますから、
彼が描いたのかも、というのは大いに肯定出来ますし、

私にはパルミジャニーノほどの画家の、最後の自画像があの出来であるとされるのは
如何にも可哀そう、という気がして、他の画家で良かった、と思いますです、はい。
これも一種の判官びいき、かもですが、ははは。

という様な、パルミジャニーノへの小さな近寄り研究、でもありました。


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この記事へのコメント

  • mitsu

    新開さん、パルミジャニーノについての記事どうもありがとうございます。37歳の若さで亡くなることだけでも驚きでしたのに、最後を狂気に近い状態で迎えたとは!
    短い生涯に数々の名画を残した「天才」を納得するには、なんとも可哀そうなことです。
    デッサンも素晴らしいですね。
    フォンテネッラート城の壁画も観たくなりました。

    後の自画像が、ミケランジェロ・アンセルミ制作説に私も大いに賛成です!見せていただいた絵の中の男性と何やら似通っている気がします。
    2018年11月25日 21:52
  • shinkai

    ★mitsuさん、こんにちは! コメント有難うございます。

    でしょう? 37歳の若さで死んだのは知っていましたけど、狂気になって、というのはまるで知らなかったですし、まず何で死んだのかも考えた事も無かったのですが、やはり知ると、どのように、と詳しく知りたくなり、あれこれ読んだのでした。

    日本版のウィキにもあまり詳しく取り上げられておらず、赤痢で亡くなった、とのみありました。 

    あの最後の自画像、というのは、本当に最初見た時にすぐ、これはガセネタだと、ははは、思ったのでした。
    幾ら体調が悪くとも、画家が自画像を描くという事は、自分の存在証明ですものね、あんな力のない絵を描くわけがないですもの。
    ましてや、あのパルミジャニーノの見つめる目と、腕ですものね。

    最近の研究では、あのアンセルミ説が強くなっている様で、やれやれと、ははは、変な所で一人で力んだのでした。
    2018年11月26日 01:54
  • 関口眞世

    お久しぶりです。お元気で制作を進めれれていらっしゃいますね。
    中世イタリアの画家たちのデッサンは古典的で深く、徹底して力量が有り、正当だと思いますね。
    現代では、マンガとか、デザイン的な感覚が取り入れられていますけれど、こう描けないからでしょうか?。最近はそんな事を思ったり致します。
    2019年10月16日 09:56
  • shinkai

    ★関口さん、こんにちは! コメント有難うございます。

    はい、お陰様で何とか広島に絵を持って出かけられそうです。
    そちらのも、いつも見逃げ、読み逃げですけど、拝見させて頂いてます。

    確かにパルミジャニーノのデッサンもこうしてサイトで見るだけでも素敵ですけど、レオナルドにしてもアトランティック趣向のデッサンの実物を見た時は、やはり凄いと思いましたし、ドューラーなども凄いですよね。
    デッサンが力を持って迫って来ます。 好きだとか嫌いだとかいう問題ではなく、凄いと思います。

    考えてみると、彼らは「とにかく描いた」のだと思います。 写真のない時代に、やはり真に迫るために「描ける力が無いといけなかった」のだろうと思いますが、
    これはテクニックだけではなく、きっと画家自身に「どこまで見る力、見える目があるか」、という問題ではないかと思うのです。


    現代的な表現もOKですし、アイディア的な作品もその人それぞれで良いと思うのですけど、

    私自身は普通の絵を描くタイプなので、やはり「正当に描き込める力」を目指すしかないと思っています。
    2019年10月17日 13:10