・ マントヴァの城 仕上げに向けて と、 マントヴァの城を近くから


 ミンチョ河越しのマントヴァの城の風景、描き込みましたので
 見てやって下さい。

 朝のマントヴァ   35x21cm

+DSC07095_GF.jpg

 先回見て頂いた時はまだ水面に映る陰の位置を決めた所でしたので、
 その描き込みが今回の仕事でした。

 と、薄いグレイの紙を使ったせいか、どうも空の色がスカッとした明るさが
 出にくくて苦労し、はぁ、一番明るい水色を力を込めて塗りこんでいます。

 こういう時何となしに頭に浮かぶ言葉が、
 「じゃりン子チエ」のテツを評しての言葉、「力で解決しようとする」 ははは。

 脱線!

 本題に戻りますと、それもあってか、なかなか空の広さが出にくく感じ、
 上を2㎝ほど切りました。

 これで建物自体も重みが出たように思います。

 手前は土手になっているのですが、その色も先回の緑から黄土色に近い
 緑色にし、

 水面に映る建物の反映を描き込みました。

 と、建物類の屋根瓦の色、右の城の煉瓦の色の赤みが強かったのを
 上から全体にブルーをかけて落とし、全体の中で繋がる様にと。


 もう少し水面の反映の色の描き込みが必要な気がするので、
 頑張りま~す!



*****

 今日の第2部   マントヴァの城を近くから

 本家ブログの方にはマントヴァのドゥカーレ宮のご案内や、町のご案内も
 あるのですが、撮った全部の写真を載せているわけではありませんので、
 今回の絵に関係しての写真、近くの位置から撮った城の写真を
 一部重複しますがご覧下さいね。

 このミンチョ河越しに見える位置なのですが、
 ガルダ湖から流れ出すミンチョ河がせき止められて、大きな人工湖になって
 いるのだそうで、
 絵に見える土手の右手前に、本当は橋があるのを描いておりませんが、

 こんな様子の橋が湖のミンチョ河を渡っていて、

2-mantova 08.8.30-9.1 038_GF.jpg




 モデルにした城の写真を撮ったのは、手前側のこんな公園だったのですが、

3-mantova-san benedetto po_GF.jpg

 この横から橋が渡っていて、




 橋の右側はこんな様子で、ミンチョ下りの観光船の発着所もあり、

4-mantova 08.8.30-9.1 043_GF.jpg




 こちらが橋の右側の、広い広い湖。

5-mantova 08.8.30-9.1 044_GF.jpg




 そして橋の右も左も釣りをする人々があふれており、
 皆さん凄い装備なので、釣果も大きいのではないかと・・!

6-25_3924_GF.jpg




 で、こちらが手前から見た、絵の中では一番右に見える古い城部分の
 サン・ジョルジョ城・San Giorgio、建設1395年から1406年。

7-1-mantova 08.8.30-9.1 036_GF.jpg

 建設したのは当時町を支配していたボナコルシ家・Bonacolsiを倒し、
 1328年、新しく町の支配者(市民隊長)となったルイージ・ゴンザーガ・
 Luigi Gonzagaで、徐々に力を持ち領主となり、
 マントヴァにおけるゴンザーガ家の繁栄は17世紀まで続く事に。




 これはドゥカーレ宮の中にあるボナコルシ家を倒した、いわば内部叛乱的な
 戦争だったようですが、それを1494年に描いたもの。

7-2-Domenico_morone,_la_cacciata_dei_bonacolsi-1494.jpg 

 大きくコピーされたのがドゥカーレ宮前の広場にあり、右にドゥカーレ宮、
 正面に町のドゥオーモも描かれており、
 既にボナコルシ家の時代に町の基礎は出来ていたのが分かりますね。




  私がいた位置、モデルの写真を撮った位置はかなり東に寄っていましたので、
 大体同じ線上に建物が見えるのですが、
 古い城郭から東にかけては、それぞれの棟がかなり引っ込みながら続きます。

8-mantova 08.8.30-9.1 048_GF.jpg

10-M25_3931_GF.jpg




 という所で一番西端の要塞部分に戻り、

11-M25_3929_GF.jpg




 で、この部分のみ堀があるのです。 主要な要塞であり、本丸部分とでも。

12-mantova 08.8.30-9.1 049_GF.jpg




 こんな風に、堀がぐるっと囲み、その周囲にも建物が囲む形。


13-mantova 08.8.30-9.1 051_GF.jpg

14-mantova 08.8.30-9.1 050_GF.jpg

 城の端をぐるっと回って行くと、ドゥカーレ宮脇の広場に出て、
 そこから場内の見学ができます。

 マンテーニャの見事な壁画もありますので、お出かけの時はぜひどうぞ!
               
 サイトはこちらに。 




 という所ですが、こちらはミンチョ河の橋の東側。  
 我らはここから観光船に乗り、お昼を食べつつミンチョ下りを楽しんだのでした。

15-M25_3933_GF.jpg



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この記事へのコメント

  • 小父さん

    こんばんは
    ミンチョ河の水面が何とも素敵です!
    北側から望んだだところでしょうか?
    澄み切った朝の空気と朝日が作る影がこの日の始まりを表しているように思えます。

    先回の水面を拝見しました。
    水面も土手に樹木も生き返っているように感じます。

    >「力で解決しようとする」 ははは。

    チエは知らないのですが力量を感じます!

    ほんとうだ!空が下りてきてますね。

    >もう少し水面の反映の色の描き込みが必要な気がするので

    へーっ、現在でも完璧に思えますのに・・・、どう変わっていくのでしょう。
    楽しみです。

    【第2部】
    >ミンチョ河がせき止められて、大きな人工湖になって

    日本の城作りと同じ考え方なんですね。

    >手前側のこんな公園だったのですが、

    うわっ、この道と樹木に河にベンチ、素敵なアングルですね。

    今、暑くて撮影に出ていませんが、まったく写真を捨てたわけではありません(笑)

    こんな観光船が乗り付けるとは、城の規模が大きいんですね。

    >皆さん凄い装備なので、釣果も大きいのではないかと・・!

    ほんと、こちらで私が見かける釣り人と大違いです(笑)

    >絵の中では一番右に見える古い城部分の

    この部分は戦闘モードの要塞に見えます。

    >ドゥカーレ宮前の広場にあり、右にドゥカーレ宮、

    いやー、このような500年以前の光景が過去の絵画と現在も見られるとは!

    >で、この部分のみ堀があるのです。 主要な要塞であり、本丸部分とでも。

    まさに、「兵どもが 夢の跡」そのものですね。

    最近、テレビか絵画で見かけましたが終わりの糸杉並木がそちらのトレードマークのように思えてきました。

    どうも有難うございました。
    2017年09月03日 22:39
  • shinkai

    ★小父さん、こんにちは! コメント有難うございます。

    有難うございます! 励まして頂き、お陰様でもうちょっと頑張らないと、と思います。
    まだなんですよ、まだちゃんと出来ていないのです!

    ははは、じゃりン子チエのお父さんが鉄といい、彼の事を評してチエの友達の兄貴が、おじさんは力で解決しようとする、といったのは、力量ではなく、腕力の方なんです。
    で、力を込めてうんうんと塗る時にこの言葉が頭に浮かぶのです、ははは。

    そうですね、12世紀ごろだったと思うので、やはり防御面から来たのでしょうね。眺めもとても雄大で素敵なのです。
    但し、冬などの湿気は大変そうです。

    釣り人達の道具が大きいでしょう?! まるで釣ったのを魚屋に卸しに行くような道具立てですよね、ははは。

    そうなんですね、この城もですが、マントヴァの町自体が歴史の中に、とりわけルネッサンス時代にどっしりと根を持っています。

    糸杉というのは風景の中でとても良い姿を見せますでしょう?
    イタリアの風景の一風景ですね。

    こちらこそ、有難うございました!

    2017年09月04日 04:21