・ ポルトガルの天使 と、 イタリアの太公望たち 

  コインブラ大学の屋根の上の天使を、少し変えて描き込みましたので、
  見てやって下さい。


  屋根の上の天使  コインブラ大学・ポルトガル

+DSC05039_GF.jpg   

  先回見て頂いた時は、空が青空、雲が屋根の後ろから
  湧き上がるような形でした。

  それで何かピンと来ない、というのか次の手が詰まって、
  暫く置いてたのでしたが、
      
  久し振りに見ると、なんとなしに腹が立ち、ははは、
  自分に対してでして、
  何これ? 青い空に白い入道雲?! 小学低学年でもあるまいし・・!
       
  で空を洗い落としました。 

  空が明るくなると、まだまだ屋根が描き込めていないのが見えてきて、
  古い屋根瓦、でも色は鮮やかな3色を描き込み、
  写真では、実際よりもとても派手に見えますが、

  高い屋根とはいえ、雲は遠くにあるべきと、薄い流れる雲にし、

  空が明るくなると、天使の明るさが薄っぺらに感じ、
  どっしりと屋根の上に乗っている石の天使を思い、
  天使と土台、屋根との一体感も考え、少し暗めに描き込みました。

  そうやって来て、今まだ、イマイチぴんと来ないのです、本人には!

  雲が白々しいというのか、まだ大空の空間になっていないのが
  気にかかります、ああ。


  どうすりゃいいのさ、このわたしぃ~・・。



 *****

  今日の第2部  イタリアの太公望たち

  8月の末の日曜の朝出かけた、家の近くにある池での、
  イタリアの太公望たちの姿を。
       
  かなり大きなプラデッラという池で、小さな中ノ島もあり、
  水鳥もいて、鱒もいるとの話を聞いていましたが、
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  釣り人たちを見たのは、今回が初めてでした!
  池の周囲を歩きながら、あちこちにいる釣り人たちを撮ります。
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  全部で20人ほどもいたでしょうか?
  途中でちゃぽんと魚が跳ねるのも見ましたが、
  皆さんの手元には釣果が無かったような・・! ははは。

  暑い8月の最後の日曜の朝でしたが、
  季節は確実に秋に向かっているのを感じた朝でもありました。
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 *****

  ただ今本家ブログには、ヴォルテッラの中心ちょっぴり と プリオーリ宮
  をアップしております。   

  ご訪問、よろしくどうぞ!
       




この記事へのコメント

  • Viola

    屋根の上の天使
    shinkaiさん このような一見単純なモティーフは、案外却って難しいのでは?
    途中経過のも拝見しましたが、こちらの方が、やはりよくなっていると思います。
    完成品ではなく、途中経過を公開なさるのって、すごく勇気のいる事だと思います。
    それに外野から素人があれこれ私見をぶつけるのは、雑音のようで、作者には迷惑千万な点もあるのでは?

    独り言のようでありながら、第三者の目で見た意見をそれとなく聞いてもいいですよ、って感じもしますので、
    元々絵画大好き人間なので、つい感想を述べたくなるのです。
    野次馬のたわごととお聞き流しくださいね・・・

    屋根は丁寧に書込まれ、天使像ともどもよく描けていると思います。
    ただ私も作者と同意見で、空の描き方で、作品の完成度がかなり変わってくるのではと思います。
    それは、屋根上の天使像とは言え、その崇高性を多少なりと表出する事に関係するからです。

    蓋しこの雲の在り方は前よりはいいのですが、まだどうも日常的すぎる、つまり空が普通の空の感じなのです。
    雲が多すぎるし、形も面白みに欠けるし、極端に言えばやや邪魔にさえ思えます。
    雲の主張が大き過ぎて、「天高し」ではなく、空間性がなく、こっちに迫っています。

    実際の空は、一点の雲もない青空だったようですが、作者としては、絵画的リアリティの空にしたかったのですよね。
    単なる青空では確かに芸がなさ過ぎますものね。

    これからが私見ですが、天の高さ・広さ?つまり空間性の上に一種の聖性を感じさせるような「天」にするのが第一目標たるべきです。
    雲を浮かべるとしたら、さっとはいたような軽やかな雲を天使とのバランスを考えながら、入れてみたらどうでしょうか?
    ひと刷きかふた刷きの軽やかな雲はどうかな?というのが私のイメージです。

    実際描いてみないと効果は分りません。またあまりいじっては画面がこすれて汚くなります。
    空は透明感が大事ですから。
    ちょっとテストしてみて、よさそうでしたらトライなさってみたらと思いますが
    妄言でしたら、無視なさってくださいね。
    2016年10月01日 14:03
  • Viola

    屋根の上の天使
    追記
    今、再度、作品の経過索引を調べてみましたら、描き始めは3月25日ですね。
    これは今回のテーマ「空 雲の在り方」からは、除外しましょう。
    後は4月29日、6月18日、の2枚のあと、今回の6月30日へと続きます。
    作者が空?雲が気に入らないとおっしゃったのは6月18日の作品についてで、
    私も屋根や天使像を含めて、それとの比較で私見を書きました。
    果たしてそれでよかったかな~と気になったので、索引を調べると、4月29日のに出会いました。
    ブログのみでなく、一応絵のページをも拝見しているのですが、経過の細かい点までははっきり覚えていないのです。
    で、4月29日のを改めて見てみると、空や雲の描き方はそう悪くない、つまり6月18日のよりはいいように思いました。
    雲が鬱陶しくありませんもの。さらっとしていて空の広さも感じられます。
    それが18日、30日と改悪?していったのは、作者の何とかしたいという思入れが、逆作用したのだと、推察されます。
    詩歌においても、推敲必ずしも常に成功に至るとは限りません。
    私は特に直感型なので、最初の感動・直感を大切にします。
    では、屋根や像に細かく手を入れた30日の画面に、29日の空部分を合体させればいいかは、別問題ではないかしら?
    ただ、私から見て、30日の空?雲よりはいいと思うのですが、
    全体の色を含めてのバランスがありますから、そこは作者の感覚・判断のしどころですね。
    でも30日のを書き直す折の参考・指針にはなると思い、追記いたしました。
    いろいろとご免なさい。
    2016年10月01日 19:47
  • shinkai

    Unknown
    ★Violaさん、こんにちは! ご丁寧なコメント有難うございます!
    時間をかけて見て下さり、熱を込めて書いていただいた事に感謝いたします。

    ただ現在この絵はまだまだ途中経過でして、第2信はわざわざ以前の途中経過も見て書いて頂いたのはあり難いのですが、これらの絵は既に無く、良くなったにせよ、悪くなったにせよ、もう過去のものですのであまり関心もなく、お返事はパスとさせて頂きますね。
    関心が無いというのは、既にあれこれ考えてやってみた事であり、自分の中では済んでしまっている、という意味です。

    はい、あれこれ見ていただいて感想を書いて頂くのはありがたい事と思っています。
    ただちょっと気になったのは、モチーフにする事への気持ち、どんな気持ちで描いているか、絵を描く材質の違いなどなど、ちょっと違うなぁというのを感じましたので、
    Violaさんがここまで熱心に書いてくださったことに対し、私も正直に書かせて頂きますね。

    2度に分けます。
    2016年10月02日 01:59
  • shinkai

    Unknown
    ★Violaさん、続けます。

    「天の高さ・広さ?つまり空間性の上に一種の聖性を感じさせるような「天」にするのが第一目標たるべきです。」 とありますが、
    私が絵のモチーフにしたい、描きたいと思い選ぶ物は、形と色と、そして光と影が面白いと思ったもので、
    それ以上の概念、観念、思い入れは、何もありませんし、自分の絵に対して、どのような絵にしたい、という気も持っていません。 
    若い頃は持ったこともありましたが、それをすると絵が痩せる、私の場合ですが、と思ったのと、現在はまるで考えもしないです。
    思うのはただ、今描けるだけの力を注ぎ、選んだモチーフを良い絵にしたい、というだけです。
    どんな絵になるかは、自分で描いている内に、絵の方から要求が来ますので、それに応えて描いて行くだけです。

    「あまりいじっては画面がこすれて汚くなります。
    空は透明感が大事ですから。」 というのも、多分これは水彩をされている方の感覚でしょうか?
    私はブログ・タイトルにもありますように、水彩も使いますが、それ以上に描き込みは色鉛筆で水彩は下塗りに使う程度、後は描き起こすのにグワッシュ・不透明水彩を使う程度ですので、
    ぐずぐずになって汚くなる、というのもありません。 頭の中がぐちゃぐちゃだと汚くなる描きこみはありえますが、ははは。

    最初は水彩のみだったのですが、描き込んでいくタイプですので、水彩だけでは到底無理で色鉛筆を加える事から始まったのでしたが、現在は描きこみは全部色鉛筆です。

    と透明感に付いてですが、ガラス容器などの透明感と違い、薄くさらっと描いて透明感と思うのとは違い、
    私が考え、そして、している仕事は、どんどん描き込んで行って、色の明度強度がぴちっと画面全体の中で整った時に出てくる空気感と透明感、これを狙って描いていまして、
    色もどんどん塗り重ね、しっかり色が馴染んでの画面です。

    こんな事をあれこれ書くのも、多分Violaさんとは絵に対する感覚や思いや、ご存知の事もちょっと違うのだろうと思い、その辺りに少し違和感を感じたので書かせて頂きました。

    お間違えの無いように書きますと、褒めて頂くコメントだけが欲しいのではありませんで、ははは、
    率直な感想は大歓迎ですが、御指針はちょっと勘弁して頂けるとあり難いです。
    というのも、Violaさんご本人をまだまるで存じ上げず、絵に対してお持ちの感覚もまだ存じ上げませんので、も少しご猶予を願います。

    という事で、どうぞ宜しくお願いいたします。
    2016年10月02日 02:01
  • 小父さん

    こんにちは
    >どうすりゃいいのさ、このわたしぃ~・・。

    そこで2013年 07月 02日の写真、3月が初回ですね!?4月、6月、とすべて開いて見ています。

    う~ん、shinkaiさんの心の変化がこのように表現されるとは!
    興味深いですね。

    むしろ初回の印象にも近くなったような気がします。

    2013年 07月の屋根の上の本物もshinkaiさんの創作過程を見ることが出来たら喜ぶでしょうね!

    絵画って面白いです。

    【第2部】

    大きな池ですね。

    釣り人ばかり見ていたら、池の水面に樹木が綺麗に映っていることに今気が付きました。

    太公望たちは自分の時間を持てて楽しそうですね。
    彼らの心境は分かりませんが、きっと世の中の雑事
    から離れて幸せな時間が過ぎていそうな気がします。

    ブルーの半ズボンに白いシャツの立あがった後ろ姿の
    人がとてもいいです。

    shinkaiさんの日頃の写真とくらべると、珍しく遠景の
    顔がカメラを向いているようなものと違いますね(笑)

    >季節は確実に・・・

    おっ、私も撮りに出掛けなくっちゃー!(笑)

    どうも有難うございました。
    2016年10月02日 09:27
  • shinkai

    Unknown
    ★小父さん、こんにちは! コメント有難うございます。

    ははは、この絵は台風の迷走状態にも似て、ああでもないこうでもない、とやっています。
    まぁこうして分からなくなる状態から脱出し出来ると、自分の中にもひとつ、ああ、そうなんだ、という部分が出来るので、そうなるように願っています。

    そうですね、きっと絵を描く事に嵌るのは、釣り人と同じ様に、まるきり一人の世界の中で、釣れても釣れなくとも、その状態を楽しめているのでしょうね。

    釣りをしている人々は、音を近くで立てられるのを嫌いますから、あまり傍に寄らないように通り過ぎながら撮ったのですね。
    顔を撮るというよりも、周辺の木立と水辺の風景の中に姿があれば良いと思いましたし。

    はい、少し色づきが始まりましたね。 早い葉は既に落ち始めましたが。
    あちこち撮り歩ける季節ですね!

    有難うございました!
    2016年10月02日 13:25
  • Viola

    屋根の上の天使(3の1)
    shinkai さん、ご多忙中、本音で長いメールを有難うございました。
    新開さんの絵画におけるそうしたお立場や視点は、これまで数年間、ブログや絵画ページを拝見してまいりましたので、何となくは理解していました。

    然し読者?絵で言うと鑑賞者は勝手な者で、画家の立場や価値観からでなく、自分の眼鏡で見てしまうんですね。
    特に私は若い頃から文学一筋でやってきましたので、分野の異なる絵画や音楽さえも、「文学的」に見てしまう癖があるのです。
    シャンルが違っても芸術創造の根幹は一つだ、という信念があるからかもしれません。
    それは作品の本質を見抜くという点では、長所でもありますが、一方思い込み的な短所ともなります。

    そうした事を重々承知しながら、文学や絵などの議論、エッセイを書く事が好きでそれなりの評価も得てきましたので、
    未だにその線上にあるようで、今回は作者への配慮を欠いた勇み足の部分があったと反省しています。

    それに何といっても完成作品ではないのですから、それが議論としては、一番のネックです。
    サン・マルコ広場の柱の空きの問題程度ならいいのですが、今回は大上段に言うべき事ではなかったのです。
    根が真面目で、こと芸術となると、お世辞や妥協が嫌いで、つい本格的に構えてしまう私なんです。
    またそうした形で、文学仲間と長い間切磋琢磨してきましたので、未だにその癖が抜けず、
    初めての方はびっくりなさいますでしょうね。
    でも他意はないのです。新開さんのブログ、また絵に賭ける熱情への愛と共感があってのことです。

    (字数オーバーになりそうなのでページを変えます)
    2016年10月02日 14:11
  • Viola

    屋根の上の天使(3の2)
    (続けます)
    つくづく思うのですが、写真は新開さんとセンスが合うというか、とても共感するのです。
    絵そのものもいいと思うし、好きですが、ただ作品に向かう時の性格はかなり違うと認識しています。

    それは何かというと、「ねばり」「粘り強さ」です。
    コメントに「描き込んで」「描き込んで」という言葉がしばしば出てきますし、
    実際作品を見ても、よくここまで細かい隅々まで丹念にしっかりと描き込めるもんだな~と、
    私はいつも感嘆し、ため息がでるのです。

    私にはそんな「ねばる」根性がないのです。
    飽きっぽいとか、そういうことではなく、あくまでも作品制作上の話です。
    けだし、絵画と詩歌というジャンルの違いだと思いますが・・・
    ですから、自分の文学的価値基準や、広く言って世界観で、絵画を批評しては行けないという事です。
    ルネサンス期など古典絵画には、通用する面もありますが、これを機に、大いに考えなければならないと思いました。

    作者としては、自分の立場や本質をしっかり理解していない所感・批評というのは、
    とても悲しく、淋しく、心も傷つけられますよね。
    「作品の制作過程の公開はとても勇気のいること」と
    昨日申し上げましたが、
    それは作者の自由、お考えですから、扨措くとして、
    今後は静かに見守りたいと思っています。

    創造者には、それぞれポリシイがありますから、また面と向かっての議論なら別ですが、こうしたメールでの形は何かと難しいです。

    でも、新開さんにはご迷惑をおかけしましたが、少しでもお互いに理解を深める事が出来たのは、それなりのメリットだったと思いたいです。

    なお、ページを変えずに書きますが、第2部の写真、大好きです。
    私はこうした水のある風景が気違いじみて好きで、そうした自然風景から、インスピレーションを受けることが多いのです。

    また、最後の木の実のフォトもいいですね。
    木の実がこれまた大好きで、これがまた作品になるんです。それぞれ季語があるんですよ。

    秋が深まるにつれて、トスカーナの黄葉(同じコウヨウでも紅葉より好き)や、木の実の写真、アップしてくださいね。

    並行して描いておられる作品の完成も楽しみにいたしております。
    愛をこめての長いメールを終ります。
    2016年10月02日 15:00
  • shinkai

    Unknown
    ★Violaさん、再度ご丁寧に有難うございます!

    はい、お気持ち、コメント内容了解致しました。

    そうですね、このブログに途中経過を載せるのは、今こんなのを描いています、と皆さんに見て頂くのもありますが、自分の為でもあるのですね。
    つまり自分の作品には盲になる部分があるのです。

    描いていて自分が草臥れる事もありますし、5日ごとのブログはちょっと一息の区切りとしても良く、またPCのディスプレイ上で見ると、別の目で見れるという事が良くあります。
    あそこをどうしなくてはいけない、と気がつく事も多いのです。
    それで載せています。

    それに、制作途上を秘密にするほどの大物作家でもありませんしね、ははは。
    見て頂く方が、いろいろご自由に考えられるのはそれはもう当たり前の事で、いちいちああ言われた、こう言われたと気にするほど若くもありませんし、
    仰る内容から、どの程度の知識をお持ちで言われるのかも分かりますので、気にしません。

    ただ今回はご自身でお書き下さった様に、ちょっと入り込み過ぎられた、と思ったので、私もはっきり書いたのでした、それだけです。

    そうですね、出来上がった作品を会場で見て頂いて、あれこれのご批評はまた別ですし、
    ディスプレイ上で見るのとは、大きさも色もまるで違いますので、そちらでのお話はまた別ですね。


    はい、今住んでいる田舎、丘の起伏があり葡萄畑があり、四季それぞれの色があるのは大変気に入っています。

    でも、トスカーナではないのですよ、ヴェネトです。 トスカーナにはこの秋は行けませんね。

    有難うございました!
    今後ともどうぞ宜しくお願いいたします。
    2016年10月02日 23:44

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