・ 健在! アッピア街道 


  皆さん、こんにちは!
  お休みを頂きましたが、旅行からも無事戻り、
  また再開させて頂きますので、宜しくお願いいたします。

  が、お絵描きは明日から再開しようと思っていますので、
  今回はこの旅で思いがけずに出会ったアッピア街道のお話を。

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  そうです、ローマの街から一路南に下りテッラチーナまで、
  それから徐々に斜めにイタリアを横断し、南のブリンディシまで続く、
  ローマ期にイタリアのみならずヨーロッパの隅々まで連絡していた
  古代ローマ期の道の中でも一番有名なアッピア街道。

  今回の旅行の基地となった宿がテッラチーナ・Terracinaにあり、
  思いがけずこのアッピア街道をバスで走りましたので、
  様子をご覧下さいね。

  上の写真は、初日夕方近く、テッラチーナのホテルに向かう時の物で、
  なんと美しい道!と思ったのでしたが、
  この時はまだ頭にアッピア街道とは思い浮かばず・・!




  地図をどうぞ。
  Terracina から斜め北西に伸びるまっすぐの黄色い線、
  SS7とあるのがローマに続くアッピア街道で、
  ラティーナ・Latinaの手前まで通る事が出来たのでした、勿論往復!

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  左上にちょっと引っかかるのがローマの街で、
  右下に見えるNは、ナポリのN。


  この日は地図に見えるセルモネータ・Sermonetaの町に行くのに、
  通るチャンスがあったのでしたが、

  地図で見る通りご覧のように、この辺りの道は一直線に続き、
  殆どの区間、両脇に松の木並木が!
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  ちょうど信号で止まった時に見えた、松の木。
  日本の松の様にくねっては折らず、真っ直ぐに伸び、頭の方がこんもりと。
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  道の西側には用水というのか、運河というか、が流れ、
  これもローマ期の仕事が残っていたのを、
  ムッソリーニ時代に湿地帯の干拓と共に再開発したのだそう。
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  当時の湿地干拓工事作業員の家が今も残ります。
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  道の両脇には畑が広がるか、それ以外はオリーヴ畑。
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  小麦ではなくカラス麦かな、既に黄色くなった畑も。
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  信号で止まって見えた横の道にも、松並木が見え、
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  我らのバスも曲がると、なんと奥に続く道も真っ直ぐで!
  直角に交差しているのが分り、驚きました。

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  昔ローマの街の南外れ、カタコンベ見学に行った時に
  アッピア街道を見たのでしたが、
  この地に今も健在で車が走っているのを体験し、
  いやぁ、ローマ人というのは本当に凄かったんだ、を改めて!!

  今回の旅では最後に訪れたテッラチーナの旧市街で、
  このアッピア街道が町の広場に残り、
  ローマ遺跡が大きくしっかり残っているのにも出会い、
  ガエータの町でも、スペルロンガのティベリウスの洞窟でも、
  たくさんのローマ期の名残に触れる事が出来ました。

  まだまだ到底咀嚼できずに居りますが、
  写真整理をしているうちにぼちぼちと、
  自分のうちに理解しながら何かが溜まってくれるだろうと・・。

  こちらでもあれこれご紹介すると思いますので、
  お付き合い下さるよう、お願いいたします!

    
   
 *****

  ただ今本家ブログには、テッラチーナの海辺 朝と夕 ・ ラツィオ州
  をアップしております。  
  http://www.italiashiho.site/

  ご訪問、よろしくどうぞ!
       

       

この記事へのコメント

  • 小父さん

    おはようございます
    アッピア街道!と言ったら古代ローマへいざなわれたテレビでも特に印象づけられたものです。

    >この時はまだ頭にアッピア街道とは思い浮かばず・・!

    はっはっは、今ではちゃんとした自動車専用道として使われているのですか!

    テレビや写真では石畳のものを見てイメージを膨らませていたものでしたが・・・。

    >両脇に松の木並木が!

    これ素敵ですね。
    料理研究家のフランチェスコ・ベリッシモ BELLISSIMO 氏がテレビの
          ↓
    https://goo.gl/gpRnz5

    音楽番組でこんな松の木のこと話していました。
    番組中で司会の作曲家・加羽沢美濃さんをいつも口説くんですよ(笑)

    しかしこの松並木、不思議な光景に思えますね。

    >ローマ期の仕事が残っていたのを、 ムッソリーニ時代に湿地帯の干拓と共に再開発

    親しみ易い歴史がぎっしり詰まっていますね。

    湿地干拓工事作業員の家があるというのもイタリアらしい気がします。
    日本だと土台が残っているくらいでしょう。

    オリーブもこんな状態から生育するんですね。

    >直角に交差しているのが分り、驚きました。

    これも面白いですね。

    >いやぁ、ローマ人というのは本当に凄かったんだ、を改めて!!

    う~ん、私の古代ローマにヴェネチアの読書も今ストップしていますが
    この歴史はもっと知りたいです。

    話変わって、太平記の舞台のテレビ「真田丸」は最高です。
    戦国時代の「国衆」がいかにして生き延びてきたかドラマながら興味深いです。

    >まだまだ到底咀嚼できずに居りますが、

    私も最近とんと活字が目に入りませんが、このshinkaiさんの記事を機会に仕切り直し活字に取り組まなければと思いました!
    2016年05月25日 17:33
  • shinkai

    Unknown
    ★小父さん、こんにちは! コメント有難うございます。

    そうですよね、ローマを舞台にした映画にも必ずアッピア街道が登場して来ますし、あの石畳の道に松並木の素敵な雰囲気は印象が大きいですよね。

    ここのは本当に、地図の通り真っ直ぐの道が続いていて、
    と書きつつ、あの松の木は一帯いつの時代のもの?と疑問が出て松の木の寿命を調べましたら、
    なんと平均2500年! 最高5000年!!というのを知りました。
    となると、あの松はやはりローマ期からずっとあの場所に植えられたものなのですね!! 凄い!!
    ローマ期からの2000年の歴史を見て来ている松の木様なのでしたぁ!!

    フランチェスコ・ベッリッシモ氏ですか、初めて知り、写真を見て、あれ?この方は日本人の顔だと思って調べましたら、やはりお母さんが日本人なんですね。
    大変頭の良い、そして柔軟性のある方なんでしょう、日本で成功しているイタリア人、と言うこちらの記事もたくさん見付かりました。


    そうなんですよ、小父さん、歴史というのは面白く、嵌りますよね?!
    知れば知るほど面白くなるのが歴史だと思います。

    私もこちらに来た頃は、結構あれこれ知っているつもりでしたが、本当は何にも分っていないんだというのが分り、
    それでも段々と真っ白だったイタリアのジグソー・パズルに、ほんのちょっとづつ色が付き始め、それがあちこちで繋がりだし、そうすると本当に楽しくなって来ました。

    これはイタリアだけでなく、日本の歴史もどこも皆同じなんだろうと思います。
    自分が発掘して知るのが楽しいですものね、お互い頑張って参りましょう!!

    2016年05月26日 00:40

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