そろそろ仕上げとしたい2枚、見てやって下さい。
ソラーノの村 真昼

先回見て頂いた時は、手前の民家の屋根の背後がすべて緑色、
近くの山の背景になっていたのですが、
描き込むにつれ、使っていた緑色が大いに気になり、
山を消して糸杉にしようかとかあれこれ考えたのですが、
結局少し遠くの山という事にし、山の傾斜が切れて
空が見えるようにしました。
前面の家の道の傾斜と重ならないようには気をつけましたが、
明るい空を入れた事で、
漸くに真昼の明るい陽射しが画面に射し込んだ気がして、やれやれ!
細かい部分もあちこち描き込み、
これで一応の仕上がりとしたいと思っていますがぁぁぁ。
ヴェネツィア 冬の夕暮れ

先回突堤の先のランタンの描き直しの部分が気になっていたのですが、
また洗って描き直し、ランタンに明かりも灯しました。
今見ると、ランタンの明かりの影がちょっと目に付くので、
消した方がよいのかも、 はい、直します。
イマイチ気に入らなかった上半分の霧の色も変え、
これで少し空気の透明感も出たかな、と。
そして左にうっすらとヴァポレットの姿も入れました。
手前の水の色、ゴンドラの覆い、などなどの細部も手を入れ、
何とか仕上がりとなったような気がしています。
やれやれ。
*****
今日の第2部は、トスカーナの古い小さな教会。
本家ブログに更新した、キュズーレと言うトスカーナの村から
南に下り、サン・ジョヴァンニ・ダッソの手前の
道脇で見かけた小さな教会。

この斜め向かいに古い大きな家があり、それも興味深かったので
車を停めたのでしたが、
見るとこんな標識があり、
マドンナ・デッレ・グラーツィエ教会(マドンナ・デル・トゥリッビオ)と。

建物の形、煉瓦の新しさからして、そう古い物ではなかろうと思いつつ、
それでもこうした標識が出る位なので、何かあるのかもと思い、
屋根の上の両脇の飾りも由緒ありげに見えますし、

脇壁の感じから見て、ひょっとして正面だけの改装かな、とかも。

とても気に入ったのは、この入り口扉前の敷石。
この並べ方は、単なるベタ並べではない、心のこもった古さを感じますよね。

でまず、教会名のTribbioとはなに?と辞書を見ても載っておらず、
友人のジュリアーナにSOSを送ると、最初は単純に分らないと答えた彼女は、
ちょっと本気を出して調べてくれたようで、
tribbioとは、トスカーナ訛りでtrebbia・トゥレッビア、脱穀、麦打ちの事と!
ああ、これならばまさにこの一帯に相応しい名の教会だと、2人で喜び、ははは。
調べますと、元は16世紀の教会があったのが19世紀に再建され、
第2次大戦で損害を受けたのも戦後に修復されたのだそう。
それで正面は新しいのも分りますし、古い部分が残っているのも納得。
今回大きな収穫だったのは、16世紀のこの教会には、
バルトロメーオ・ネローニ、通称イル・リッチョ・il riccio と呼ばれる画家の
この祭壇画があったのだそう!
聖母子と、洗礼者ヨハネと聖女カテリーナ。
イル・リッチョ・多分巻き毛だったんでしょうね、彼は、
ソドマのお気に入りの弟子で、画家、彫刻家、建築家としても
活躍した人物の様で、
現在この絵はピエンツァのドゥオーモ脇の、ディオチェザーノ博物館に
納められているとの事。
現在はこんな道端の小さな教会ですが、かっては
農民達が大きな信仰心を持って集まったのだろうなと想像でき、
この発見に嬉しくなったことでした。
道脇から眺める草地にはお馬ちゃんが3頭、
のんびり草を食んでおりました。
バルトロメーオ・ネローニ、通称イル・リッチョ・il riccio と呼ばれる画家の
この祭壇画があったのだそう!
聖母子と、洗礼者ヨハネと聖女カテリーナ。

イル・リッチョ・多分巻き毛だったんでしょうね、彼は、
ソドマのお気に入りの弟子で、画家、彫刻家、建築家としても
活躍した人物の様で、
現在この絵はピエンツァのドゥオーモ脇の、ディオチェザーノ博物館に
納められているとの事。
現在はこんな道端の小さな教会ですが、かっては
農民達が大きな信仰心を持って集まったのだろうなと想像でき、
この発見に嬉しくなったことでした。
道脇から眺める草地にはお馬ちゃんが3頭、
のんびり草を食んでおりました。
この記事へのコメント
小父さん
[ソラーノの村 真昼]
ひゃーっ、屋根瓦と正面の木の扉が目に飛び込んできました!
壁も渋いです。
屋根の煙突でしたっけ、晴れやかに陽の光を浴びているようです。
緑の丘?と壁と塀に生えている緑も素敵です。
一番手前の石塀?もいいですね。
今、前の絵も下の説明書きも見ていませんが以上が私が感じたことです。
説明、読みました。
坂道の奥も想像が膨らみます。
[ヴェネツィア 冬の夕暮れ]
>消した方がよいのかも、 はい、直します。
はっはっは、ランタンの明かりの影も面白いと思います。
>上半分の霧の色も変え
そうでしょ、前と何か変わったと思ってまえのを探してみました。
ヴァポレット(水上バス)だったんですね!
これは無かったような・・・と思いました。
>手前の水の色、ゴンドラの覆い、
写真によって色調が違うわけではなかったんですね。
いやー、自分の想う絵を創り上げるって大変な作業ですね。
いやいや、二枚の絵共、素晴らしいと思います。
[第2部は、トスカーナの古い小さな教会]
小さくて素朴な教会のあれそれに心が和みます。
しかし、トスカーナ訛りでtrebbia・トゥレッビア、脱穀、麦打ちの事とか
16世紀の教会があったのが19世紀に再建されほかの歴史とか
この祭壇画があったのだそうとか
日本で言ったら、郷土史にやっと出て来そうなことが
このブログに記してあるのだから凄すぎます!
聖母子像って数えきれないほどたくさん描かれているんですね。
日本の仏教だったら仏像にあたるものなんでしょうか?
イル・リッチョも画家、彫刻家、「建築家」だとは。
それは活躍した時代に建築する財力があったということなんでしょう。
>かっては農民達が大きな信仰心を持って集まった
tribbioに通じますね!
>のんびり草を食んでおりました。
こんな写真を撮らなくては!!!
shinkai
★小父さん、こんにちは! コメント有難うございます。
屋根瓦と正面の扉ですか? はい、どちらも弄りましたぁ。 屋根瓦の隙間を最初はかなり黒くし強調したのですが、やりすぎていやらしい感じになったので、ははは、さっと消しまして、
扉のほうは明るい色を上からかけましたら、ニスをかけた感じになって、やれやれという所だったのです。
ヴェネツィアの方は、前の上半分の霧の色が明度はOKだと思ったのですが、単純に薄いグレイになった感じで、それが気に食わなかったのです。
最初に入れた少し緑色の感じにまた戻った様でもあるのですが、一度グレイを入れたので色味が深くなったような気がしています。
はい、ヴァポレットは前は入れていませんでしたが、波除けの向こうにもまだ水面が続く感じにもなるかなと思って、入れました。
有難うございます! 小父さんが良いと言って下さると、ちょっと安心し、励まされます!
トスカーナのあの小さな教会は、自分が探して見つかった物で嬉しかったのです。
聖母子像は本当にたくさん!!あります。 教会にもですし、個人のも。
そうですね、日本の仏像肖像と同じだと思います。
当時の画家というのは、何でもやったんですね、工房を持って絵も描き、彫刻もし、飾りつけもし、頼まれた物もつくり、という事で、建築設計もしたのでしょうね。 それだけ勉強もしたのでしょうが。
あの馬の、ああいう勝手に遊んでいる状態が見つかるのは日本では難しいのではないかと・・。
日本には何でもありますが、こういうのが無いでしょうねぇ・・。
有難うございました!