・ ヴェネト ・ Veneto 


◆ 初夏の葡萄畑 ・ プロセッコの里・ヴェネト  
  Vigneto del Prosecco - prima estate in Veneto   32x26.5    
 

  葡萄畑の広がる眺めは大変に美しく、この北イタリア、とりわけプロセッコで
  有名な土地に住む者にとっては、誇りを持って眺める風景です。

  20年以上前、始めてこの辺りの葡萄畑を見てその美しさに感嘆して以来、
  季節季節に移り変わるその色と様子はいつ見てもほれぼれですが、
  とりわけこのモチーフを取ったこの一帯は、辛口白ワインプロセッコの中でも
  最高級のカルティッツェの畑の並びで、
  トラクターが入らない傾斜地の小さな畑が入りくみます。

  平地ならば、葡萄の木が大体2本から3本置きに打たれた杭がきっちりと
  放射線状に広がり、こんな丘陵地でも畝はきちんと図って作られ、
  丘に添う畝の美しさにはいつ見ても感嘆!

  この絵ではまだ初夏の細い畝ですが、夏の盛りには葉が茂り、
  畝の隙間が見えぬ程の濃い緑に、
  そして葡萄摘みが終わり、晩秋には葉が枯れ落ち、
  年明け早々には剪定作業と、まさに季節の移り変わりを示す、
  日本の稲と同じ位置の、イタリアの葡萄畑なのです




◆ アーゾロの古い小さな泉  Vecchia fontana ad Asolo  24x20.5

       

       

  
  アーゾロ・Asoloの小さな町は小山の上にあり、町からかなり上にある
  楕円形の要塞跡が平野から遥かに見上げる高さで、少し不便な場所に位置しますが、
  かってはここに別荘を持つ事がステータス・シンボルでもあったという、
  穏やかで良い雰囲気の、高級品店も並ぶ町。
       
  車だと町のすぐ下の駐車場まで行け、そこから少し上り道を行くと町の門があり、
  潜るとすぐ左手の建物の角下にこの泉。

  泉の名はゼンの泉といい、ライオンの顔の上に1570X年の年号が刻まれどっしりと。
  上に見える札には、È vietato di abbeverare quadrupedi・四足に飲ますな。

  手前は狭い道の曲がり角にあたり、以前はこの絵の様に2本セメントの柱が
  あったのが倒され、泉盤も損傷を受けたか外されていた時期もあり、
  現在は味気ない金属柱に替えられ、泉も修復され白くなっておりますです。







この記事へのコメント

  • 小父さん

    今晩は
    最初にお断りです。
    今、このブログと個展案内を無断で私のブログに掲載いたしました。

    近くにブログともだちもいますので、ひょっとして訪ねてくれたらいいんですが・・・。

    わぉー!
    要塞こそまだ確認出来ていませんが、今Google EarthでAsoloの街を走ってみました。
    ストリートビューを表示したら、まさにその地に行った気分になりました。
    別荘を持つ事がステータス・シンボルの空気も吸うことが出来ましたよ(笑)

    1570年と言ったらピウス5世 (ローマ教皇)がエリザベス1世を破門とありますね。
    日本では、姉川の戦い(織田信長に徳川家康が合流して浅井・朝倉を血祭りにあげたようです・・・ウィキペディア)

    そんな頃の要塞の水飲み場がまだあるんですね!
    う~ん、大河ドラマに『樅ノ木は残った』というのがありましたが、この水道も歴史を見てきたんですね。
    戦から帰った兵士が水を飲んだり、傷口を洗ったりしたんですかね。

    あの~、『樅ノ木は残った』のテレビはほとんど観ていませんし、山本周五郎の小説も読んでいませんが(笑)
    そんなタイトルを思い出しました。

    ライオンの上の壁、レンガの色がとてもいいです。

    ライオンの表情もユーモラスな気がします。
    ああ、だけど人間さまの専用ってことですか!(笑)
    泉盤にしろ、ライオンの顔の回りにしろ、凝った模様が施されているもんですね。
    2013年09月28日 20:18
  • shinkai

    Unknown
    ★小父さん、こんにちは! 今これを書く前にそちらにお邪魔しご挨拶を書かせて頂き、こちらからもリンクをさせて頂きました。 
    本当に有難うございました!!

    そうですよね、あのストリート・ヴューの威力は凄いですよね。 我がコンドミニオの前も映り、隣上の奥さんがちらっと見えるのに笑いました。
    次はコネリアーノのスコミーゴ村をどうぞ! ははは。

    あのアーゾロはローマ期から開けている町なのですが、1570年と言うと、14世紀から治めているヴェネツィア共和国の貴族が作った泉でしょうか、一度調べてみますね。
    そうですか、姉川の戦いの時期ですか、なるほどねぇ。
    「樅の木は残った」は読んだ記憶はあるのですが、ああ、覚えていません。
     
    平和が続いたこの町には、後にヴェネツィア共和国を倒したナポレオンが一夜泊まった、という家もあるのですが、ヘミングウェイもロバート・ブラウニングも、気に入った町のたたずまいが残っています。
    2013年09月28日 21:55