ミケーレ像を詰めましたので、見てやって下さい。
飛ぶ天使ミケーレ べヴァーニャ・サン・ミケーレ教会 45,5x35cm 8号

先回見て頂いた時にまだ詰めていなかった、ミケーレ像の上の壁、
そして下側の右半分を詰めました。
そして下側の右半分を詰めました。
と言っても、塗りのシラミ潰しをしながら、近くて見る時になる部分を
詰め、下側の右半分は下描きのままで置いていたのを、
少し描き込んで形を取った、という感じです。
詰め、下側の右半分は下描きのままで置いていたのを、
少し描き込んで形を取った、という感じです。
と、左上の暗い中にも少し暗い部分を作り、ミケーレの向かって左の
羽が見える程度に。
羽が見える程度に。
後はまだミケーレ本体の塗り込み不足など、気になった所に
手を入れつつ様子を見て、仕上げとしたいと思っています。
手を入れつつ様子を見て、仕上げとしたいと思っています。
師の二木さんが、「ゆで卵のミケーレ」とメールを下さり、
自分も何となしにゆで卵みたいだなぁ、と思っていたので、
大いに笑いましたが、
一時は、ひょこっと「河内山宗俊」という名を思い出したりしたので!
それよりは「ゆで卵」の方が良いか、と、きゃはは。
それよりは「ゆで卵」の方が良いか、と、きゃはは。
でもこの絵が、最後まで行きつけたのにホッとしています、良かったぁ!!
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今日の第2部 ルーヴル博物館がティエポロの絵を購入
スマホを開きグーグルの目次ページ、で良いのかな、にまず行きますが、
上にイコンが並ぶその下に新しいニュースが出ますよね?
上にイコンが並ぶその下に新しいニュースが出ますよね?
で、この25日、「ルーヴルがティエポロの絵を1500万エウロで購入した」
とあり、スマホで読むのは落ち着かず読みにくいので、いつも同様
同じタイトルをPCに打ち込検索し、簡単に様子が分かりました。
とあり、スマホで読むのは落ち着かず読みにくいので、いつも同様
同じタイトルをPCに打ち込検索し、簡単に様子が分かりました。
つまりジャンバッティスタ・ティエポロ・Giambattista Tiepolo
(1696-1770)が1735年に、ヴェネツィアのパラッツォ・サグレードの
為に描いた「雲の間のジュノー・Giunone fra le nuvole」
3,5x2,1mの絵。
(1696-1770)が1735年に、ヴェネツィアのパラッツォ・サグレードの
為に描いた「雲の間のジュノー・Giunone fra le nuvole」
3,5x2,1mの絵。



ルーヴルは「素晴らしい「ルーヴル友の会」が1500万エウロを援助してくれ、
絵画部門に私コレクションから購入した」と告知したそうで、
幾つか同様のニュースがあるものの、内容はすべて同じ。
絵画部門に私コレクションから購入した」と告知したそうで、
幾つか同様のニュースがあるものの、内容はすべて同じ。
ティエポロの絵については、shinkaiはその躍動感と広がり、煌く豪華さが
好きなので、どんな様子なのか知りたく、あれこれ調べてみました。
「ジュノー」というのは、多産、肥沃、母性、結婚の女神で、
ジュピターの妻であり、最高位の女神、なんだそうで、
冠を戴き、孔雀がそのシンボルの聖鳥。 白い半袖ブラウスに、
広い明るい薔薇色の衣装、
ジュピターの妻であり、最高位の女神、なんだそうで、
冠を戴き、孔雀がそのシンボルの聖鳥。 白い半袖ブラウスに、
広い明るい薔薇色の衣装、
という事で、まさにそのシンボルをすべて具えた、上の美しいティエポロの絵。
ただこれがキャンバスに油彩なのか、彼ティエポロが得意としたフレスコ画かの
説明がないのですが、
説明がないのですが、
背後の雲と空に色斑が見えるので、多分元はフレスコ画だったのを剥がし、
キャンバスか、板に張っているのではないかな、と想像します。
キャンバスか、板に張っているのではないかな、と想像します。
建物の改修や、また壁に描かれたフレスコ画が傷んでいるのを剥がすのを、
ストラッポ・strappoと言い、絵の上から接着剤で布を貼り付け壁から剥がし、
ストラッポ・strappoと言い、絵の上から接着剤で布を貼り付け壁から剥がし、
というのも、フレスコ画を描く時には壁に下塗りをし、最後の上塗りの上に
描くので、絵を描いた上塗り部分のみを剥がす訳で、
それを新しく丈夫な下地の上に接着するわけですね。
描くので、絵を描いた上塗り部分のみを剥がす訳で、
それを新しく丈夫な下地の上に接着するわけですね。
いずれにしても、ティエポロの素晴らしく美しい絵がルーヴルで公開される
のは嬉しいニュースです。
のは嬉しいニュースです。
ティエポロはヴェネツィア生まれで、最後はマドリッドで亡くなった、
18世紀を代表するヴェネツィアの画家で、ヴェネトのみならず
ヨーロッパの各地に作品が残りますが、

こちらに彼の素晴らしいフレスコ画を眺めた様子を。
ヴィッラ・コルデッリーナ ・ モンテッキオ・マッジョーレ
https://italiashinkaishi.seesaa.net/article/467640455.html
ヴィッラ・コルデッリーナ ・ モンテッキオ・マッジョーレ
https://italiashinkaishi.seesaa.net/article/467640455.html
ヴェネツィアのパァラッツォ・サグレード・Palazzo Sagredoの為に描いた、
と上記しましたが、
どこにある? サグレードというヴェネツィア貴族は?と調べました。
と上記しましたが、
どこにある? サグレードというヴェネツィア貴族は?と調べました。
場所は、大運河のサンタ・ソフィーア、ちょうど対岸の魚市場への
渡しの大ゴンドラが出ている所で、
渡しの大ゴンドラが出ている所で、

国鉄駅方面に向って何軒か先にはカ・ドーロ美術館がある場所で、
この建物がそうで、何だ、あそこね、で、現在はカ・サグレード・ホテル。

ホテルのサイトから、素晴らしい内部の写真も何枚か見つけ、
2階の大広間、多分結婚披露宴にも使われている様子の、
2階の大広間、多分結婚披露宴にも使われている様子の、

3階の大広間。

素敵なお部屋の写真もいっぱいで、

ホテルのサイトはこちらに
https://www.tripadvisor.it/Hotel_Review-g187870-d648266-Reviews-Ca_Sagredo_Hotel-Venice_Veneto.html
https://www.tripadvisor.it/Hotel_Review-g187870-d648266-Reviews-Ca_Sagredo_Hotel-Venice_Veneto.html
元々この大運河沿いの館は13世紀にヴェネツィア貴族のモロジーニ家・
Morosiniが建設したものだそうで、何度もの改装、美装飾を重ね、
1661年に現在建物に名が残るサグレード家にと。
Morosiniが建設したものだそうで、何度もの改装、美装飾を重ね、
1661年に現在建物に名が残るサグレード家にと。
サグレード家というのは初めて知った名でしたが、ヴェネツィア貴族の中でも
大変に裕福で勢力を持ち、1012年から大議会にも所属、ドージェも輩出、
17世紀に一番の繁栄を遂げた一族なんだそうで!
大変に裕福で勢力を持ち、1012年から大議会にも所属、ドージェも輩出、
17世紀に一番の繁栄を遂げた一族なんだそうで!
で、代々のヴェネツィアの画家達はこの屋敷の壁画や絵画を描き、
18世紀のティエポロもその1人、という訳で、
18世紀のティエポロもその1人、という訳で、
今回ルーヴルに行った絵は別として、ティエポロが1740年頃に描いた
天井画が1枚残る部屋があり、これが現在唯一このパラッツォに残る
ティエポロの絵と。
天井画が1枚残る部屋があり、これが現在唯一このパラッツォに残る
ティエポロの絵と。
今回は彼の絵についてのみ書きましたが、他にもたくさんの画家の名があり、
宿泊は出来ずとも、はは、見学できる道がないかなぁ、と・・!
宿泊は出来ずとも、はは、見学できる道がないかなぁ、と・・!
という、ティエポロの絵がヴェネツィアからルーヴルに行った、お話でしたぁ。
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