ピエンツァの夕暮れを描き始めましたので、見てやって下さい。
ピエンツァ遠望 夕暮れ色 5号P

これは以前、同じモチーフで描いた事があるのですが、
その時はペンと透明水彩のみで、構図も土地の方は上半分ほどの広さで、
空の方が面積が広い、細長い画面でしたので、
描き方も違う今、もう一度描いてみたくなったのでした。
この広い大地は、トスカーナはオルチャの谷のピエンツァを
東南にあるモンティキエッロから眺めたもので、
地図上の直線距離にして4km足らずですが、
波打つ台地、そしてカランキと呼ばれる浸食地が所々に顔を出し、
土地は最大限に麦畑に活用されており、町の周辺にはオリーヴの畑も。
モンティキエッロの宿を基地に4泊ほどしてオルチャの谷を巡った時に、
2晩ほど肌寒いのを我慢して、日没を待った時のモチーフです。
聖堂の鐘楼、町の塔は、太くなってしまいダイエットさせましたが、
真ん中の塔がまだ太いままで! はい、細くします。
薄い肌色の紙を使っていて、今漸くに全体の色が濃くなってきた所で、
まだまだこれから!!
頑張りま~~す!
*****
今日の第2部 オアジ・チェルヴァーラの水車小屋
先日出かけたオアジ・自然公園でもあり、野生の鳥類の楽園でもある公園で、
大きな古い水車小屋を見かけました。
野生のコウノトリの保護や、夜行性猛禽類の飛行などは本家ブログに纏めましたが、
こちらでは水車小屋について。
入口からの写真で、向かって左が水車小屋。

「オアジ」というイタリア語は「オアシス」ですが、
ヴェネトのこのシーレ河と別の細い川が合流するここには、
25平米の広さで自然公園が作られていて、
湧き水であるシーレ河が滔々と流れるこの一帯には
かっていくつもの水車があった様子。
ここには小屋の脇に2つの水車が回りますが、
今は内部での小麦の粉ひき作業はされておらず。

入口からの様子はこんな感じで、時代の流れの中でかなり機械化されており、
ですがshinkaiは、この内部での説明を全然聞いておりませんで!
済みません、どこからどうなのかはまるでご説明できませんです。
が、まぁ、眺めて頂ければ、何となく様子がつかめますよね?!
表にあった水車小屋の説明図。
この水車小屋が最初に記録に出てくるのは1325年で、
トンマーゾ・デ・ストラッシオが畑を91と、(単位が分からず)隣接の農家、
そして水車を買った、というもの。
この後に続く世紀の流れの中で水車小屋の持ち主も変わり、
仕事が要求する必要性と機械化の流れに沿い、様子が変わったものの、
1965年まで活動を続け、そして放棄され、
ひき臼は元のユーゴスラヴィアに売られたのだそう!
が、(多分このオアジ、自然公園設立のため)この一帯がコムーネによって
購入されて後、水車小屋は完全に修復され、木製の水車2つも動くようになり、
今見える機械類も当時のものなんだそう。
もう一枚の説明には、当時この一帯で活動していた水車の数があり、
それによると、1499年には2つ、 1538年に5つ、
そして1545年にはなんと10!もの水車小屋があり、これが最高で、
1682年には7つ、1714年には6つ、1740年には8つ、と。
小屋の奥側の様子と、
段の下側。
部屋の隅にあった大きな秤。
壁に見える、かなり繊細な壁画。
ひょっとしてこの一角に、水車番が寝泊まりしていたのかも・・?!
背後から見る水車小屋。
水音はかなり大きくざぁざぁと音を立てて通り抜け、
オアジを通り抜けてくる流れと合流しつつ去り、
オアジ内は、お天気が良ければ、そしてもう少したったら
さぞや気持ちが良かろうと思える様子で、緑に埋もれておりました。



ですがshinkaiは、この内部での説明を全然聞いておりませんで!
済みません、どこからどうなのかはまるでご説明できませんです。
が、まぁ、眺めて頂ければ、何となく様子がつかめますよね?!
表にあった水車小屋の説明図。

この水車小屋が最初に記録に出てくるのは1325年で、
トンマーゾ・デ・ストラッシオが畑を91と、(単位が分からず)隣接の農家、
そして水車を買った、というもの。
この後に続く世紀の流れの中で水車小屋の持ち主も変わり、
仕事が要求する必要性と機械化の流れに沿い、様子が変わったものの、
1965年まで活動を続け、そして放棄され、
ひき臼は元のユーゴスラヴィアに売られたのだそう!
が、(多分このオアジ、自然公園設立のため)この一帯がコムーネによって
購入されて後、水車小屋は完全に修復され、木製の水車2つも動くようになり、
今見える機械類も当時のものなんだそう。
もう一枚の説明には、当時この一帯で活動していた水車の数があり、
それによると、1499年には2つ、 1538年に5つ、
そして1545年にはなんと10!もの水車小屋があり、これが最高で、
1682年には7つ、1714年には6つ、1740年には8つ、と。
小屋の奥側の様子と、

段の下側。

部屋の隅にあった大きな秤。

壁に見える、かなり繊細な壁画。
ひょっとしてこの一角に、水車番が寝泊まりしていたのかも・・?!

背後から見る水車小屋。
水音はかなり大きくざぁざぁと音を立てて通り抜け、

オアジを通り抜けてくる流れと合流しつつ去り、


オアジ内は、お天気が良ければ、そしてもう少したったら
さぞや気持ちが良かろうと思える様子で、緑に埋もれておりました。
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ただ今本家ブログには、