・ 画文集 我がイタリア  石本正 


  ・・端境期でございます。
  おまけに頭が空っぽ。 
  いつもだろうがぁ、なんぞとは言って下さいますな! 
  ・・ええ、まぁ、そうなんですがぁ・・。

  ですがご覧頂くのに、素晴らしい物を引っ張り出しましたです!
   
  日本画家 石本正我がイタリア」です。
  平成三年十月 新潮社刊  (今、平成何年?!)
 
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  掲載の素描にはそれぞれ文章が付けられていますので、
  それも一緒にここに。

  まずは巻頭にある画伯の手になるイタリア地図、
  今回ご紹介する素描の町に印を付けました。
  シエナとサン・ジミニャーノ、そしてべヴァーニャをまずどうぞ。



  シエナ・SIENA

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   世界中に、イタリアの街ほど美しい所が他にあるだろうか。
  一つの眺めの中に「街」が集約されているのだが、その光景に
  私は非常に懐かしさを覚える。 その古い街並みが、昔の
  日本を思い出させるのである。 どこが似ているかと言われると
  答えるのは難しいが、自分達の街を頑固に守り続け、何百年も
  同じ姿を保ち続けている。 そのイタリア人の根性に昔の日本人
  の姿を見るのかもしれない。 イタリアの街では三十年、四十年
  昔のミシュラン(ガイドブック)さえもが何の不自由もなしに
  活躍するのだから・・・。

   こんなにも魅了されているイタリアであるから、写生旅行にも、
  もう十回以上行っていると思う。 どの街も懐かしさが漂い、
  初めて行ったような気はしない。

   シエナには何度、足を運んだ事であろう。 大変に美しい街である。
  この絵は前々回の旅の折のものだが、大聖堂付属美術館から未完の
  ファサード(建物の正面)に上り、そこから描いた。 このファサード
  は建設当時の財政難から完成されることなく放置されてしまったのだ。
  イタリア人らしい豪放なゆとりを感じる。

   煉瓦色の屋根や壁が夕陽を受けて、ますます赤く輝いている。 中世
  そのままのような、穏やかな街並み。 広場を囲んで軒を並べる家々。
  すべてが夕陽の中に溶け込み、その美しさはたとえようもないほどである。


  サン・ジミニャーノ・S.GIMIGNANO

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   典型的な山上都市、サン・ジミニャーノ。 この街を中央広場近くの
  美術館の上の塔から描いた。 さすがに現在ではもう使われていないが
  昔は木のはしごで、この塔の上まで登ったものである。 この広場の
  真ん中に見える古井戸は中世そのままの姿で保たれている。 もう水を
  汲む事はないが周囲に残る中世の住宅や塔との調和の中で、やはり美しい
  ものである。 こうした全体から見た素晴らしさ - はこの絵の中で
  描いた屋根の色からも、うかがい知る事が出来ると思う。 これらの屋根は
  同じ茶色でありながら、一枚一枚の色が微妙に違う。 そうしてその、
  ちょっとした色の差が全体として見た時に美しいのだ。

   サン・ジミニャーノは「塔の街」と呼ばれている。 小さな街だが
  現存する塔の数はおよそ十五。 その昔、人々が競って塔を建て、街を
  美しく飾ったのだと言う。 何か目的があってそうしたのではなく、ただ
  街を美しく飾りたかった - そうした無償の遊びを喜ぶ夢のあるイタリア人
  が、私は好きである。 そして面白いと思う。


  サン・ミケーレ像・べヴァーニャ・サン・ミケーレ寺院Bevagna S.Michele

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   べヴァーニャの中央広場にあるサン・ミケーレ寺院の門を飾る彫刻。
  サン・ミケーレ寺院は聖ミカエルを祀る教会であろう。

   このロマネスク様式の装飾彫刻は寺院の入り口の左右の柱にしつらえられて
  いるもので、左側、槍で怪龍を刺し貫いているのは聖ミカエルである。 右の
  羽を持ち衣をひるがえして飛んでいる天使も顔の表現が聖ミカエルと全く同じ
  なので、やはり聖ミカエルなのかもしれない。 十一、二世紀頃のもので
  あろうか?

   大理石で出来ているのだが、大きさはそれぞれ二メートル位であったかと思う。
  こうした彫刻は見た限りではそれほど多くくは見えないのに、実際はかなり
  大きいということがしばしばある。
    
   ベヴァーニャにおいてもそうであったわけだが、イタリアはどこに行っても
  素晴らしい美術品で溢れている。 そうしてそうした美術品には決して
  裏切られることがない。 小さな村のさびれた教会 ー そんな名もない
  ちょっとした場所に、思いがけない優れたものがあるというのは珍しいこと
  ではない。

   「石の文化」のゆえにであろうか。 そしてこれらの美術品はしっかりと
  生活に溶け込んで、人々に大切にされているのである。 決して博物館に
  集めてしまおうなどとはせず、自分達の場所で守っていく。 時には信仰の
  礎として、時にはそれを囲んで社交が行われる。

   イタリア人は自分達の所が一番いいと思っているわけで、その中で文化を
  守ることを常としてきた。 これこそが「文化」のあるべき姿だと、私は思う。
  日本のようにあるべき場所からももぎ取って祭りあげ、生活から遊離して
  かえって駄目にしてしまうのでは全く意味がないのではないか。

   イタリアへ行くと、美術や芸術の在り方を深く考えさせられてしまう。


 ***
 
  イタリアに何度も通われ、スケッチを通し、イタリアの美術のみならず
  その生活に至るまでを考察された素晴らしい文章と思います。

  今日のこの三つの町には私も行き、思い入れもあり、
  長い文章ですが省略する気には到底なれず、書き写しました。
  ・・が、予定していた五つの素描を三つに削り、
  また次回の端境期に! ははは。

   
  
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